今日は少し足を伸ばして、本島最北端の地「辺戸岬(へどみさき)」まで。
那覇からだと高速を使ってもなかなかの距離だが、やんばるの森を抜けていくドライブもまた一興。
那覇から北上し、許田(きょだ)インターを過ぎてさらに奥へ。
名護を抜けて「やんばる」の深い森に差し掛かると、道路脇に見慣れない標識が次々と現れます。
「ヤンバルクイナ 飛び出し注意」
黄色いひし形の標識や、リアルで可愛らしいイラストが描かれた看板たち。
ここは世界自然遺産にも登録された森、やんばる。
飛べない鳥・ヤンバルクイナをはじめ、多くの希少な生き物たちが暮らす場所にお邪魔しているのだと、改めてハンドルを握る手に力が入る。
「急ぐ旅でもないしな」
そう自分に言い聞かせ、アクセルを緩めて木漏れ日の中をゆっくり流す時間は、高速道路では味わえない贅沢なひととき。
結局、本物のクイナには会えませんでしたが、あの愛らしい看板を見るたびに「出てくるなよ〜」と心の中で祈りながらのドライブ。
さて、今回の目的は、単に「最北端」を制覇すること。
しかし到着して車を降りた瞬間、目の前に広がっていたのは、想像をはるかに超えるダイナミックな絶景。





隆起したサンゴ礁の断崖絶壁に、荒々しく打ち付ける波。
太平洋と東シナ海がぶつかり合うこの場所は、これまで見てきた沖縄の穏やかなビーチとは全く違う、力強いエネルギーに満ちていました。



今日は天気も良く、海の向こうには鹿児島県の「与論島」が見えます。
「あそこはもう鹿児島なんだな」と、指呼の距離にある島を眺めながら、海の青さにただただ感動していました。
絶景に心を奪われた後、ふと目に入ったのが「祖国復帰闘争碑」です。
観光地の記念碑だろうと何気なく近づいてみましたが、そこに刻まれた言葉と、この場所が持つ意味を知った時、先ほどまで見ていた美しい景色が全く違ったものに見えてきました。


かつて、沖縄がアメリカの統治下にあった時代。
この辺戸岬と、海の向こうに見える与論島の間には、国境がありました。北緯27度線。
パスポートなしでは行き来できなかった時代、復帰を願う人々はここ辺戸岬に集まりました。
そして対岸の与論島の人々もまた岬に集まって、海越しに焚き火を焚いて合図を送り合い、互いの絆を確認し合ったそうです(海上集会)。
わずか20数キロしか離れていないのに、行くことができなかった「祖国」。
かつての人々が、僕が「綺麗だな」と眺めていたこの海を、どれほど切実な思いで見つめていたのか。
そう想像すると、胸が締め付けられるような思いがしました。

碑には、こう刻まれていました。
「全国のそして全世界の友人へ贈る
(中略)
一九七二年五月十五日 沖縄の祖国復帰は実現した
しかし県民の平和への願いは叶えられず
日米国家権力の恣意のまま 軍事強化に逆用された
しかるが故に この碑は
喜びを表明するためにあるのでもなく
まして勝利を記念するためにあるのでもない
闘いをふり返り 大衆が信じ合い
自らの力を確かめ合い 決意を新たにし合うためにこそあり
人類が永遠に存在し 生きとし生けるものが
自然の摂理の下に 生きながらえ得るために
警鐘を鳴らさんとしてある」
60歳を過ぎて、改めて学ぶ歴史の重み。
今の平和な時代に生きる自分に重く、そして熱く響いてきます。
美しいサンゴの海が、かつては分断の象徴であり、同時に希望の架け橋でもあったのです。
歴史を知ることで、沖縄の風景はもっと深く、鮮やかに見えてくる。
そんなことを改めて実感した旅でした。
